フランスソムリエ協会とのパートナーシップ

日本酒造組合中央会がフランスソムリエ協会(UDSF)とパートナーシップを締結しました。
大きなニュースだったので、さっそく私のところにも問い合わせが入りました。
「中央会は田崎真也さんと一緒に仕事をすることになったらしい」というような間違った憶測が噂されたりしたようです。
でも、これはフランスのソムリエ協会であって、日本のソムリエ協会ではありません。

フランスという国は、世界に誇る食文化大国です。
そしてご存知のとおり、そこには長い歴史を有するワインやブランデーなどのブドウ原料の酒類が中心にあります。
日本酒のような極東の小国の穀物原料の酒類などに、ぱっと大勢が飛びつくとはとても思えませんでした。
しかし、この5年あまりの時間のなかで、この頑固な食文化大国における日本酒の認識は大きく変わるきざしを見せています。

例えばシルバン・ユエさんが2013年からパリで開催してきた Salon du Sake。
パリの中心で、たくさんのフランス人が日本酒を口にする機会を提供しました。
ユーリン・リーさんが2016年にオープンした La Maison du Sakeは、日本酒と日本料理を楽しむおしゃれな空間をパリに実現しました。
さらに2018年には、フランスガストロノミーの巨匠ジョエル・ロブションさんが、山口県の獺祭と組んで Dassai Joel Robchon をオープンしました。

このような流れを受けて、2017年にフランス初の日本酒の品評会 Kura Master が開催されました。
Kura Master はワイン・日本酒両方のフィールドで30年にわたってフランスで活躍してこられた宮川圭一郎さんが中心になって企画を進め、パリで最も歴史と格式を持つと言われるホテル・クリヨンのシェフ・ソムリエ、 グザビエ・チュイザさんを審査委員長として開催されました。
この品評会の特徴は「フランス人が食中酒として選ぶ日本酒」というコンセプト。
審査員はソムリエをはじめとした飲料関係者とジャーナリストで、日本人は含まれません。

この Kura Master で優等賞を受賞した酒のテイスティング会を、日本の酒情報館で毎年行っているのですが、お酒のラインナップを見てびっくりしました。
市販酒の品評会として著名な サケ・コンペティションや IWC(International Wine Challenge)で受賞する酒とはまったく異なる特徴を持った酒が受賞していたからです。
その特徴をひと言で言えば「重厚」。
なるほど、フランス人が食中酒として日本酒を選ぶとこうなるのか、と大いに腑に落ちるものがありました。

世界の食文化の中心とも言えるフランスで日本酒を売ろうという試みは、決してこの5年・10年で行われてきたわけではありません。
1990年末に、酒類卸の㈱岡永が主宰する日本名門酒会が「カーヴ・フジ」という日本酒専門店をパリに作り、日本酒にとっての処女地に実に勇気あるマーケティングを行いました。
またパリ在住の通訳・翻訳家の黒田利朗さんが、2007年からワークショップ・イセを立上げ、多くのソムリエやシェフを巻き込みながら日本酒の啓蒙活動を行われました。
こうした長い地道な取り組みが今日の下地になっていることに間違いはありません。

黒田利朗さんの語録をめくると、面白い一節がありました。

「ワークショップ・イセを立ち上げた時、一番はじめに扱ったのは吟醸酒。なかでもキレイな2社を選びました。(中略)ワインというのは、コーヒーやたばこ、葉巻と同じ嗜好品で、トレーニング、勉強をしてはじめて、面白い、美味しいと思える。つまりおいしさのベクトルが日本酒とワインでは違うのです。その違うということを踏まえたうえで、日本酒の多様性を説明していくということが大切。吟醸酒ばかりをやっていたときは、ワインとの違いではなく、近似性を探していた。こうした考えにいたることができたのは、それを方向転換して、日本酒の多様性に目を向けるようになったから。ワインのプロは、その多様性を紐解ける、多種多様なお酒を評価してくれます。」

わかりやすい吟醸酒を最初に持ってくるのは、外国に日本酒を紹介する時の常套手段です。しかし黒田さんは自身の経験から、熟成した酒、生酒、生酛、山廃などの多様なお酒を積極的に紹介し、フランス人の反応は非常に良かったと言っておられます。

この黒田さんの精神が、Kura Master で酒を評価したフランス人には息づいているのを感じました。
素晴らしいことです。

深い食文化の歴史を持つフランスのソムリエ協会とパートナーシップを締結することができたのは、日本酒の未来にとって非常に大きな意味を持つと思っています。

実際にフランスの国民のなかに日本酒が根付くには、まだ今後の時間をかけた努力が必要であることは間違いありませんが、
そこには、他の日本酒先進国であるアメリカや香港、イギリスとは一味違った世界が展開されるかもしれない。
そんな大きな期待感を持っています。

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