熟成した日本酒の魅力と市場の可能性について

古酒という言葉を聞いたのは随分と前のことになります。

私の父が親交のあった三楽㈱(現メルシャン㈱)出身の本郷信郎さんが中心になって1985年「長期熟成酒研究会」という団体を立上げ、蔵元を集めた勉強会を定期的に行っておられると聞き、父について研究会に出席させて頂くようになりました。
この会は、熟成酒を販売しようというよりは、様々な熟成酒を持ち寄って唎酒を行い、品質評価をすると同時に、どのような要件がどのような熟成をもたらすのかということを互いに情報交換するような内容であったと記憶しています。
まだ市場に熟成酒という言葉は聞かれることがありませんでしたし、それを口にする機会もほとんどありませんでしたから、私は非常に興味を持ってこの会に出席をしていました。
「50年古酒が見つかった」と聞いて、本郷先生と一緒に福岡の㈱杜の蔵さんまで伺ったり、
冷蔵庫に眠っている古酒を評価して欲しいと言われて、本郷先生と一緒に半田の伊東合資さんまで伺ったり、
今となっては貴重な経験も、色々と積むことができました。
研究会の中核メンバーであった㈱島崎酒造は親戚の酒蔵でしたから、昭和40年代から暦年の熟成酒を唎酒することもできました。
その後も、岐阜の白木恒助商店(達磨正宗)さん、千葉の木戸泉酒造㈱さん、山形の東北銘醸㈱(初孫)さん、福井の㈱一本義久保本店さん、山梨の山梨銘醸㈱(七賢)さん、長野の麗人酒造㈱さん等、それぞれに個性のある熟成酒の世界を持っておられる蔵元を訪問し、様々な熟成酒を唎酒しました。

熟成酒には、真っ黒に変色したものから、ほとんど色のないものまで様々なタイプがあります。
熟成年数と貯蔵環境によって変化の仕方は多様ですし、
もとになる酒のプロファイルによっても、熟成の状態は多様です。

同じ酒でも貯蔵環境によってまったく異なる酒質に熟成してゆくことを知ると、
熟成酒のカテゴリーを分類することは、かなり複雑な作業になります。
そもそもどれが良い酒で、どれが悪い酒か、
それをはかる基準もありませんでした。

ですから、これまで熟成酒は主として熟成年数によって価格がつけられていることが多かったのです。
1年経つごとに1,000円ずつ価格が上がってゆくというように。

これはどうなのかなぁ、と私はずっと懐疑的でした。
年を経るごとに希少性は増し、蔵元にとっての貯蔵管理のコストは増しますが、
それは酒の良し悪しとはまったく関係がないからです。
価格の基準になるのは、酒の良し悪しと市場性であるべきと私は常に考えてきました。
珍しいだけで買う酒は、飲んでおいしくなければ二度と買おうとは思いません。
当然ですね。

その後、長期熟成酒研究会は「熟成酒の市場を作る」ことを目指して動き始めました。
メンバーの中核に流通を入れて、流通主導の商品開発や展示会の開催を行い、
より多くの飲食店や日本酒ファンに実際に熟成酒を飲んでもらい、
販売してもらうべく、活動を行っています。
地道ながら、価値のある活動であると私は応援しています。

一方で、「プレミアム商品をハイエンド市場に」という動きも現れてきました。
手に入りやすい価格の熟成酒を広い市場にという長期熟成酒研究会の活動とは、正反対のマーケティングです。
本当に価値のある商品でハイエンドの市場を作ることによって、
トリクルダウンの効果が生まれるという考え方であると理解しています。

この活動の中心として動いておられる福井の黒龍酒造㈱さんが、
取扱い酒販店向けに熟成酒のオークションを行いました。
プロが唎酒をして酒の価値を決めるという、本質的な価格決定メカニズムを実行したという考えに、私は非常に興奮しました。
「価値あるものに価値に見合った価格がつく」ということは、業界に利潤をもたらすからです。そして利益のあがる業界であることが、なによりも業界を活性化するからです。
知名度の高い蔵元が行ったこのオークションは大成功に終わり、商品は高値で完売したと聞きました。
同じことを知名度の低い蔵元が行っても、どうようの成功を収めることは恐らくできないでしょう。しかし、ブランディング戦略を効果的に行うことによって、その世界は近づくかもしれません。少なくとも1社だけでなく、2社・3社がそれなりの効果を上げることによって、このプロセスは加速度をつける可能性があると思います。

日本酒は、吟醸酒ブーム以降、スペックアップによる価値訴求を行ってきました。
原価の高い原料を使った高精白の酒。
ついに1桁代の精米歩合の酒が現れるにいたって、スペックは限界に達しました。
一方で、スペックの高いさけが美味しい酒なのか、飲みたい酒なのかという疑問も、
当然の帰結として起こってきます。

熟成酒に特化した日本酒バー「酒茶論」で長年にわたって熟成酒に向き合ってこられた上野伸弘さんは、「日本酒の価値を広げて利潤をもたらすことができるのは時間軸しかない」といつも言っておられました。
確かに「〇〇米を〇〇%精米して作った酒」という価値の決め方は、熟成年数で酒の価値を決めているのと同じような考え方といっても良いかもしれません。
「価値」というものは、頭で決めるものなのかという問いかけです。

熟成酒はおいしいものなのか?
どのように熟成した酒がおいしいものなのか?
この答えを得るには、まだ時間がかかるかもしれません。

そもそも、熟成酒は新酒からの変化の過程です。
「3年以上熟成したものを古酒と呼ぶ」というような分類で、その途上にある1年熟成、2年熟成という酒を飛ばした特別な酒にするべきではないと私は思います。
また「フレッシュな酒」にやや偏った市場が、1年・2年を経て生まれる酒の変化を肯定的に表現する、市場としての熟成を遂げる必要もあると感じています。

熟成酒を本当に魅力ある商品として市場に流通させるために、
ひとつには、おいしい熟成とは何なのかという市場の認識を形成すること、
そしてもうひとつは、熟成の価値をいかに価格価値として市場に流通させるか。
これらのポイントを是非乗り越えてゆきたいと思い、
自分もその一助になることができるよう、自分にできることをひとつひとつ実行してゆきたいと思います。

















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