イベントのあり方について:握手会からの卒業

今更言うまでもないことですが、どこへ行っても酒の会は盛況です。人が多すぎてお酒を注ぐことも叶わないくらいなので、人混みの嫌いな私は「もういいや」と早々に引き上げることも結構あります。

でも、これもみんなが言うことなのですが、どこへ行っても来ている人は一緒。〇〇県主催のお酒の会とか、〇〇フェスなど、お酒の会には出来るだけ足を運ぶようにしているのですが、正直なところ「もういいかな」と思ったりもしています。人が多すぎるとお酒をゆっくりと味わうことができませんし、意見交換をする余裕もありません。

そんな思いは多くの人が共有しているのだと思います。最近は徐々に雰囲気の違う酒のイベントが現れてきました。青山の国連大学前広場で「Farmers Market」と同時開催していた「Aoyama Sake Flea」はオープンエアで気楽に楽しめる酒イベントで、混み過ぎず、「いつもの方々」に占領されてもおらず、Farmers Marketの流れで寄った風のちょっといい感じの若者が自然にお酒を楽しんでいる風情がありました。またプロから見たらかなり豪華なメンバーによるペアリングなどのワークショップがイベントにちょっと知的で新しい雰囲気を与えていました。

今年から渋谷のMiyashita Parkで紀土の山本さんが三井不動産との共催で仕掛けた「Sake Park」は、「Aoyama Sake Flea」を踏襲・進化させたイベントで、同じくアウトドアの風のなかで渋谷に集う若者や外国人を取り込むことに成功しているように見えました。渋谷のどまんなかで開催するイベントなので、広さには限りがありますが、このイベントには、酒だけでなく、いわゆるクラフトサケの面々やチーズ工房、Tシャツなど、「いつもと違う」風情があったと思います。

Kawana Akiさんが仕掛けた「Sake Jump(若手の夜明け)」も、2007年から続く「若手蔵元」をフィーチャーしたイベントを進化させて、新しい消費者に酒を届けるという意図を感じるイベントでした。

 

2011年の大震災をひとつの契機として日本酒に新しい転機が訪れ、若い蔵元が醸す新しいタイプの酒が新しい消費層を生み出したと思います。長く日本酒の流通の世界に身を置いた自分にとっては、生涯で初めて「日本酒が売れている」と実感することのできた時代でした。新しいタイプの酒が生まれる一方で、燗酒や生酛などオーセンティックな価値を見直す動きも活発になり、良い意味で日本酒に多様性が広がった10年だったと思います。

でもこのトレンドは日本酒の長期漸減傾向にストップをかけるにはいたらず、新しい消費層がさらに新しい消費層を生み出す連鎖には繋がりませんでした。

多くの若い消費者にとって、日本酒とは相変わらず「おじさんの飲み物」のイメージを抜け出すことができず、何となく「ハードルの高い」、「面倒くさい」飲み物であると思われているようです。日本酒業界は千載一遇のチャンスを逃したのかもしれません。

これは誠に残念なこと。でも過ぎたことに愚痴を言っても仕方ありません。これから何が出来るかを考えなくてはなりません。

酒のイベントは、消費者と日本酒の接点を作るための大切な取り組みです。そのイベントがこんなに盛況なのにそれが消費に繋がっていない現実を、私達は真剣に考えなくてはなりません。ここで話が最初にもどります。

結論から申し上げると、私は日本酒のイベントの形を根本的に消費者目線に変えるべきだと思っています。そのために、これまでメーカーが主体となって行ってきたイベントを、より消費者に近い販売者やサービスに携わる方々が主体となるスタイルに変えてゆくべきではないかと思います。

これだけイベントが盛況なのに来ているのはいつもの人達ばかり、という状況がどうして生まれているのでしょうか。どうして消費者はいつまでも日本酒を「敷居が高い」と感じてしまうのでしょうか。

ちょっとネガティブな言い方になってしまいますが、私は今の多くの日本酒イベントは、メーカーの「握手会」になってしまっていると感じています。

「造り手に会いたい」という消費者の気持ちはわかります。蔵元はちょっと特別なステータスを持つ地方の雄ですし、若い蔵元が伝統産業のなかで頑張っている姿は若者を含む多くの方々に共感を与えるものだと思います。でも、そんなスタープレイヤーを集めた日本酒のイベントで酒を注いでもらうために長蛇の列を作っている様子は、私には「握手会」に見えてきます。私は酒には興味がありますが、「握手会」に興味はありません。例えば、AKBの音楽は好きでも特定の推しがいないファンにとって、「握手会」は自分には縁のない、興味の湧かない、面倒くさいイベントです。

今の日本酒の多様性を産み出したひとつの大きな要素は「十四代」の高木さんを筆頭にした新しい造り手の方々です。次々と出現してくる新しい造り手の方々がチャレンジする試みが産み出す酒が、今の日本酒の大きな力になっていることは間違いありません。「どんな人がこの酒を造っているのだろう」という興味を持つ人がたくさんおられることは当然だろうと思います。そんな造り手と「知り合い」になることができたらまた会いに行きたいと思う気持ちも当然だろうと思います。

でも、そんな方向に業界が血道をあげた結果、日本酒はすっかり「ブランド社会」になってしまったように見えます。酒質やタイプや地域ではなく、誰が作ったか、なんという銘柄かということだけが先行して、広い裾野を作ることができませんでした。

日本酒マニアではない、日本酒に興味を持っている広い消費者の方々は、スタープレイヤーに会いたがっているのでしょうか?

「日本酒のことは良く知らないけど興味がある」という気持を持つ消費者は、有名銘柄の蔵元が集まった会で、物知り顔の消費者が蔵元と親しげに話している様子を見てどう思うでしょうか。「近づきにくい」「敷居が高い」という台詞は、こんな彼らの体験を現しているように私には思えます。

 

日本酒業界に求められている需要喚起のためのイベントは、このような設えを前提にするものでなく、もっと消費者に向き合ったものでなくてはなりません。

そしてそのためには、消費者に接している方々、飲食店や酒販店の方々にもっと日本酒の本質を知って頂き、消費者に伝えるための機会を提供する、そんな取り組みが必要なのではないかと私は思います。

イベントの主体はこうしたサービス関係者とし、メーカーは消費者と同じ下座に下がって、出来るだけ多くの消費者と交わるというスタイルはできないものでしょうか。もしくは、むしろあまり人前には出ず、メディアなどを通じて広く消費者に発信するということに徹する姿勢が望まれるような気がします。

「人を売る」ことも商売にとっては大切な要素です。でも商売の原点はやはり「商品を売る」ところにあるように、改めて思うのです。



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