お酒を表現し、伝えること

長年お酒に関わってきましたが、そのなかでいつも感じてきたことがあります。それは「いかにそのお酒の価値を人に伝えるか」ということです。

メーカーはそれぞれ一生懸命に良い酒を造ろうと努力されています。でも、せっかく作ったお酒を伝えることが十分に出来ていないのではないかと感じることが非常に多いと感じています。

消費者が一番知りたいのは、その酒がどのような味わいで、どんな料理と一緒に飲むのが美味しいのかという情報です。

どんな原料米を使って、どんな水を使って、どんな技術で作って、どんな熟成をしたかというような製造に関わる技術的な情報は、販売やサービスプロの方にとっては商品を理解するための有益な情報だと思いますが、消費者にとっての優先順位としては決して高くないと思いますし、そんなことを聞いても理解できないというのが大半の消費者ではないでしょうか。

 

この段階で、半分くらいのメーカーは落第点です。

「〇〇産の山田錦を〇〇%まで磨き、〇〇山系の清冽な伏流水で仕込み、〇〇流杜氏の伝統的な生酛造りで醸した酒です」

「〇〇県工業技術センターで開発した〇〇酵母と麹菌、そして地元産の原料米にこだわった酒です」

「地元農家との契約栽培で作る無農薬栽培米を使って、若い社員の力を結集して造りました」

いずれも決して不要な情報であると言うつもりはありませんが、消費者がそれを見ても「なんか凄い感じ」とか「夢があるねぇ」とか「身体に良いかも」というようなことを思うくらいで、そのお酒の味が自分の好みに合うのか、今日の料理に合うのかという「買うため」の情報にはなっていないと思います。

 

飲食店や酒販店が、お店のポートフォリオを検討するにあたって必要な情報が何であるか、メーカーは良く考えなくてはなりません。

情報館では毎月ラインナップを変えて全国の酒造メーカーの酒をバランス良くプロモートできるように努力していますが、メーカーからご提案頂く商品の説明書きを読んでいると、ちょっと絶望的な気持ちになることがあります。こんなことを書いていても、消費者には何も伝わらないという内容が多すぎますし、なかには「おいしい酒です」など、ほぼメーカーの責任を放棄したようなコメントを書いてこられる場合もあります。

 

日本酒造杜氏組合連合会会長の石川達也さんが、ご自分の造る酒を称して「飲むとお腹がすく酒」と表現されていたのが非常に心に残っています。そこにはどんな味のお酒なのかという情報は一切ありませんが、食中酒として飲んでもらいたい酒であること、どんな酒を目指しているのかということ、そして造り手としての矜持が表現されています。

秋田を代表する杜氏の高橋藤一さんは「それぞれの季節に常温で飲んで美味しい酒」という言葉を使っておられました。そこには場面を選ばずに楽しむお酒の真髄が込められているように感じました。

彼らのようなレジェンドの発する言霊には、一種独特の説得力がありますね。

 

もう少し身近な例で素晴らしい表現をしておられる酒蔵をご紹介したいと思います。

静岡県沼津市で「白隠正宗」を醸す高嶋酒造さんです。社長の高嶋さんが会社のPR動画「高嶋酒造について」のなかで自身の酒について語っている言葉に感銘を受けました。YouTubeで誰でも見ることができるので是非視聴されることをお勧めします。

この動画のなかで彼の語っていることを断片的に紹介します。

 

    沼津は港町であまり雨も降らない乾燥した土地です。そういう土地なので、食としては干物の生産が盛んで、そういうものに合う酒ということは常に意識しています。

    お水は富士山の伏流水で超軟水です。やわらかい水なので、この水質を活かした酒造りを心掛けています。

    白隠正宗の特徴は長く飲み続けられるお酒であること。ちょっと飲んで美味しいというよりも、一晩呑んで次の朝「昨日の酒良かったなぁ」と思ってもらいたいです。

    製造としては生酛造りなど工程が若干変わることがあっても基本的に変わらず、どれを飲んでも白隠正宗らしさというものを感じて頂けると思っています。

    食ありきの酒に重きをおいています。美味しい食があるところで映えるお酒。お酒が料理で美味しくなるのではなく、料理が美味しくなるお酒を意識しています。

    燗にすると味わいが広がるので、冷やしている時にちょうどいい濃さだと燗をつけた時に重くなります。ですから冷やの時は本当に軽くなるように造って、燗にすると味が広がってゆくという酒です。

    酸もアミノ酸も低く、グルコース値も非常に低いので、微量の酸がマスキングされておらず、酸をしっかり感じると思います。

    タイプで言うと「がっしりとして軽い」という酒を目指しています。

    一杯で満足するような酒ではなく、腰を据えて飲んでいただければ、普段うちの酒を飲まれない方もそういう世界に引き込まれるんじゃないかと思っています。

 

これを読んでいると、このお酒がどういうタイプの酒なのかイメージが湧いてきます。このようなタイプが好みでない方には、それが伝わると思います。そしてこのタイプのお酒に興味を持っている方は、是非とも一度飲んでみたいという気持ちになります。

 

商品情報を酒のラベルの限られたスペースで効果的に表現することはとても大切なことですが、伝えきれない部分をお店のポップやプライスカード、飲食店のメニューで表現して頂くためには、まずそれをしっかりとお伝えしなくてはなりません。伝えることによって、そのお酒のタイプがお店のポートフォリオに必要なアイテムであるかの判断ができますし、消費者が自分の好みかどうか、その日の料理にマッチした酒であるかどうかを判断する材料になるはずです。

懸命に表現し、伝える努力をしなくては、消費者の心を動かすことはできるはずがありません。




コメント

人気の投稿