2018年8月23日木曜日

スパークリングタイプの日本酒

awa酒協会という団体が設立されて、スパークリングタイプの日本酒がいよいよ本格的なジャンルになる時代となりました。
昨日、山梨銘醸㈱が新商品「expression」を発表されたのを見て、
このジャンルが健全に幅を広げてゆくことを感じ、とても嬉しくなりました。

発泡性の日本酒は、活性清酒と呼ばれて昔から売られていました。
発酵中のもろみを、そのまま火入れせずに瓶詰すれば、
発酵による炭酸ガスがいっぱいの、
フレッシュな風味のスパークリング日本酒として楽しむことができます。

発酵による炭酸ガスをそのまま瓶に閉じ込めるという、
ただそれだけのことなのですが、
それを安全で美味しく、美しい商品として完成させるには、
その後さまざまな努力が必要でした。

京都の「月の桂」が昭和41年に発売した活性にごりに始まり、
王冠にガス抜きの穴が開いた活性日本酒は、新酒時期の定番季節商品でした。
しかし、もろみの活性が強くてガス圧が高くなりすぎたり、
泡状のもろみで王冠の穴が目詰まりしてしまうと、
ビン厚の薄い一升瓶では、爆発事故も起こりました。

また、厚めのビンを使ってガスを抑え込んだとしても、
栓を抜いた途端に天井まで酒が噴き出して、
気が付いたら中身は1/3以下になっているという事態も日常茶飯事。

ただ炭酸ガスがあればいいというのではなく、
程良いガス圧があり、
ひどく噴き出さぬ安全性。
このガス圧のコントロールがひとつのハードルでした。

炭酸ガスを注入する方法であれば、いくらでもガス圧の調整ができますが、
繊細な泡を楽しんでもらうためには、
どうしても瓶内二次発酵による炭酸ガスが必要です。

このハードルをクリアしたのが、
平成10年に発売された一ノ蔵の「すず音」でした。
この商品は、これまでの日本酒の概念を打ち破る画期的な商品として、
爆発的な売れ行きとなりました。
クリアに近い淡いにごりにキメの細かい泡立ち。
何よりも日本酒とは思えぬ甘酸っぱい香味が魅力でした。
そしておしゃれなプリント瓶も当時としてはかなり斬新。

その後しばらくは「すず音」を中心としてスパークリング日本酒は展開しました。
寶酒造が「澪」という酒で、このジャンルをさらにコモディティ化したことはご存知のとおりです。

その間にも、山形県で炭酸ガス注入と瓶内二次発酵を合わせたタイプの酒が開発されたり、
ドライタイプのスパークリングが開発されたり、
常に誰かがスパークリングのジャンルに新しいチャレンジを繰り返してきました。

この状態に風穴を開けたのが、永井酒造の「Mizubasho Pure」です。
本格的なシャンパン製法を取り入れ、
デゴルジュマンによる滓引きを施したクリアタイプの本格スパークリング日本酒を世に問うこととなりました。
低アルコールのデリケートな品質を保持するためにクール配送を義務付けた「すず音」と違い、
この商品は火入れを行い、常温流通可能な商品として売り出したことから、
店頭販売、レストランでのメニューなど、流通の柔軟性が格段にアップしました。

「Mizubasho Pure」はスパークリング日本酒の世界を大きく変えたと思います。
瓶内二次発酵によるきめ細かい泡を十分に楽しめるガス圧、
火入れによる爆発防止、
ドサージュ技術など、
様々な課題をクリアしてこられた努力には本当に頭が下がります。

こうして2016年に「awa酒協会」が設立されました。
ここから先が本当の勝負になるでしょう。

フランスの名だたるシャンパンと同じ価格帯で勝負しようと思ったら、
当然それだけの価値を具備することが求められます。
どうしてシャンパンはあの価格で売れ続けるのか、
その理由をよくよく考えて進化してゆく過程が始まります。

決してブランド戦略だけではない、品質としての差別化が必要。
山梨銘醸㈱のトライアルは、
とても高いピークを目指した
高い志を感じさせるチャレンジです。

頑張って欲しいですね。


2018年8月7日火曜日

酒蔵を核とした地域ツーリズム開発セミナー

6月の末に、こんな名前のセミナーを開催しました。
観光庁が観光立国をうたってインバウンド旅行者を増やすことをプロモートし始めてから、酒蔵ツーリズムという言葉が業界内でもしばしば聞こえるようになりました。

酒蔵は各地の食文化の中心として機能してきましたし、
地元の名士として顔もきくことから、
酒蔵を中心とした街おこし、
酒蔵を中心とした地域の観光化という発想は、ずいぶん前からありました。
それが、今は「酒蔵ツーリズム」という言葉で喧伝されることになったのです。

何となく説得力のある言葉なので、
よしそれで行くぞ、みたいなムードなのですが、
実は、あまり真面目にその言葉の持つ意味を自分の問題として考えている人は少ないのではないかという気がします。

まず、酒蔵ツーリズムとは日本人相手なのか外国人相手なのか。

どちらも大切。
その通りです。
酒蔵はひとりでも多くの人に来てもらって、
1本でも多くの酒が売れれば万々歳。

でも、日本人相手のマーケティングと外国人相手のマーケティングは違います。
それをしっかりと認識して、
それなりの作戦を考えなくては、虻蜂(あぶはち)取らずになってしまうでしょう。

私が考える酒蔵ツーリズムという言葉の意味は、
日本酒の輸出戦略の一環として、
インバウンド旅行客に ”忘れられない” 日本酒体験をしてもらい、
その良いイメージを自国に持ち帰って宣伝してもらう、
ということです。
日本人向けに、賑やかな土産物屋を展開して大量販売、
という世界とは一線を画して考えるべきであると思います。

確かに、短期的な商売としては「?」かもしれません。
短期的な費用対効果を考えれば、
ひとりでも多くの国内外の観光客に蔵を訪れてもらうことによって、
売上が増加し知名度も上がる、ということを考えるのは当然。

でも、
ここで本気に外国人を意識したマーケティングを行うことで、
何十万円もかけて海外出張して酒のプロモーションをすることよりも、
もっと効率的なプロモーションをすることが可能であるし、
海外に行って、1本の酒と自分の説明だけで伝わるものよりも、
何十倍も多くの情報を、
「見て」頂くことによって伝えることができるのがインバウンドです。
自社ブランディングの意味合いからも、
「来て」「見て」頂くことには大きな合理的な意義があると思います。
Don't you think so?

ということで、
昨年からこの問題を議論してきたジャスティン・ポッツさんと、
「本気で酒蔵ツーリズムを考える幕開け」として、
このセミナーを開催しました。

セミナーの内容として織り込みたかったのは、

① 諸外国のワインツーリズム・ビアツーリズム・スコッチツーリズムの事例紹介

酒蔵ツアーというと、
どの蔵元に行っても、精米所・原料処理・麹室・酒母室・仕込み蔵・槽場・瓶詰場、
多少の違いはあっても、
基本的にこの酒造りの工程を一応たどることと、
木製の昔の酒造りの道具の展示、
そして無料試飲のできる売店、というコースが多くありませんか?
でも、
私が行ったことのあるヨーロッパのワインツアーは違いました。
ブドウ畑を見て、ブドウ畑の向こうにあるシャトーの外観を見て、
それから樽の並んだカーブを見て、
運が良ければ樽からスポイトで熟成中のワインを飲ませてもらって、
そして最後にしっかりとテイスティング。

ですから、
日本の酒蔵ツアーはどこへ行ってもほとんど同じ(特に面白くない)製造に関する内容を、
あまりロマンチックでもないかび臭くて暗い蔵の中で聞かされて、
さぁ買え買えとばかりにプラカップで次々に色々な酒を唎酒させられるという、
「忘れられない思い出」というにはあまりにチープな内容と言わざるを得ません。

本場のワインツーリズムとは、
何の目的で、どのように自分の蔵を見せ、知らしめているのか。
それを参加者に考えて欲しいと思いました。

もうひとつ、セミナーの内容に織り込んだのは、
② 外国人の視点から見た時に魅力と感じるのは何か、ということです。

こんな田舎の何もない町に、わざわざ足を運ぶ外国人なんていないとか、
うちに来て頂いたって、何も喜んでもらえるものなんてない、
そんなことをおっしゃる蔵元がたくさんおられます。

その一方で、
いわゆる観光地巡りに飽きた観光客は、
「体験型ツーリズム」と言って、
農業体験、森林体験、田舎生活といった、
これまで観光資源と考えられていなかった事柄を楽しむようになっています。

「何もない田舎」にもこんな財産があるのだ、ということを、
外国人の口から語って欲しいと思いました。

ジャスティンさんと半年かかって選んだ4名の講師に、
上記の内容がしっかりと詰まったお話をしてもらいました。
主宰の私が言っていてもしょうがないのですが、
本当に面白い講演でした。

朝から夕方までの長丁場で、
一人も眠っている人を見ないセミナーって、
そうはないと思うのです。

参加しなかった人は残念でした~!

2018年4月18日水曜日

消費者にとってわかりやすい表示

情報館には、日々様々な方がお越しになります。
お酒に関する色々なアイデアを持った方が来られて、
様々な視点から酒の世界をより楽しく、より便利にするアイデアを語っていかれます。

とても有難いことですし、
自分自身にとっても良い勉強になります。

昨日お越しになった方からは、
日本酒の表示についてのお話を承りました。
それぞれの酒の味わいが、
消費者にとってもっとわかりやすいものであれば、
何だか小難しくて面倒くさいと思って引いてしまう消費者を取り込み、
日本酒の消費を引き上げるのではないか。
そのために、ひとつの基準ですべての酒の香味を数値化することで、
味わいを「見える化」したい、というお話です。

酒の特徴を客観的な数値化・言語化することが出来れば、
そりゃぁ、消費者としては助かりますよね。
酒売り場の店員さんや飲食店のソムリエや唎酒師のような職業は
必要なくなってしまうかも。

昨年は香りを分析するセンサーを開発された会社の方がお見えになって、
酒を「見える化」しましょうというご提案を受けました。
別の会社の方からは、新しい味覚センサーの話も伺いました。

精度の高いセンサーを用いて、香りや味わいの様々な要素を数値化することは第一段階。
これだけでも、とても意義があることだと思います。

様々なサンプルから得たデータを比較することによって、
サンプル同士の相似関係がわかります。
似た香味の酒を探すことができるのは、
消費者にとって ものすごく大きなメリットに繋がると思います。

「十四代を売ってますか?」
と言って来られるお客様に「No」とお答えした時、
その次に来る質問は、ほぼ間違いなく
「それでは十四代に似た酒はありますか?」という質問だからです。

これは、ものすごく実質的なお話です。

でも実際に市販されている多くの酒を分析にかけてデータ化する作業は、
ものすごく大きな労力を要します。
そして、面倒なことに、
酒の味は必ずしも一定ではありません。
毎年同じデータの酒を造り続けるのは
手造りを基本とするメーカーにはかなり高いハードルと言わざるを得ません。

もうひとつ大切なこと。
それは、人間が数値を理解するためには、
言葉に置き換えなくてはならない、ということです。
「バラの香り」とは、
ひとつの香りではなく、凄まじく沢山の香りの要素が複合して出来上がったものです。
異臭を見つけるように、
ひとつの特殊な香りで「バラの香り」を表現することは出来ません。
そこには人間の官能による評価がどうしても介在せざるを得ないのです。
どこかの天才的な官能評価者が張り付いて数値の言語化を行う。
もしくは、できるだけ数多くの評価者の意見を集約する。
いずれも、大きな労力を必要とする作業です。

まぁ、それでも学習能力のある AI の時代ですから、
いずれは解決されるのだと思います。
結局人間の能力には限界があると、
そのあたりで考えることをストップしてしまうのが人間ですね。

でも、能力の高いソムリエによる美しい酒の表現や、
驚くようなマリアージュの提案を聴くのは、
食事をする上でのひとつの楽しみのひとつだと思うのです。

人間にしかない主観を戦わせることによって、
評価は洗練されてゆくものですし、
個人の日々の鍛錬によって、バラバラだった主観が徐々に方向性を持ち始める。
そんな試行錯誤や
人による一見バラバラな評価をひたすら積み上げてゆくのも、
ひとつの文化のありかたなのではないかな、
とか思ったりするのです。

2018年3月23日金曜日

フレーバータイプの日本酒・焼酎


私は昔から古酒に興味を持っていて、
この「時間軸」のバラエティこそ日本酒の付加価値を最大限に高める可能性を持っているという酒茶論の上野伸弘さんのご意見には大いに共感しています。

ただ、日本の市場では、古酒はなかなか育ってきません。
ならば海外をターゲットにして、
そこから日本へのブーメラン効果を狙ってはと思い、
ジョン・ゴントナーさんに相談したことがありました。
ずいぶん昔のことです。

その時の彼の答えが私にはとても印象に残っているのです。
ジョンさんはこう言いました。
「確かに古酒は魅力があるし、将来的な市場の可能性があるのはわかるけど、
海外の人に古酒を理解してもらうのは、まだ早いと思う。
日本酒のことをほとんど知らない人に魅力的な酒だと思ってもらう切り口は、
やはり吟醸酒だと思う。
吟醸酒の香りに、ほとんどの人はびっくりするはずだから。」

ものごとを本格的に、突き詰めて考える傾向のある私にとって、
とても印象的な言葉でした。

そうか、
知らない人に「おいしい」と思ってもらうことが大切で、
その要素として香りのインパクトは大きいのだ、
ということです。

確かに、香りは魅力的です。
そして香りの強いものは、香りの弱いものを覆い隠します。
その香りがいやな香りでない限り、
香りの強い酒は多くの場合比較優位に立つのです。

カプロン酸エチルの強い酒が市場を席巻した時代がありました。
あの香りに少々飽きがきた今でも、
やはり香りの高い酒は、酒をあまり知らない人にとってわかりやすい酒です。

ここ数年、アメリカからクラフトスピリッツのムーブメントが来て、
日本でもクラフトジンが話題を集めています。
私たちがこれまで飲み慣れた大手のジンと違って、
最近は「ボタニカル」がキーワード。
様々な副原料を使うことで、独自の複雑な香りを楽しめます。
数ある世界のスピリッツのなかでも、
ジンは、まさに自然な香りのバラエティを楽しむ飲み物です。

酒税法の改正によって、ビールにも副原料の使用が認められるようになります。
今年の春から、
大手メーカーはこぞってオレンジピールやコリアンダーなどを使った新しい香りのビールを市場に投入してくることでしょう。
大きな流れになるかどうかは別にして、
強い香りは、弱い香りを覆い隠します。

私は、折角日本酒に興味を持ってくれた若者たちの目が、
こういった香りの飲料に奪われてしまわないか、
とても心配なのです。

であれば、日本酒もフレーバーを求めて冒険をしてはどうか。
新しい香りの副原料を使った日本酒があってもいいのではないか。
そう思っていたら、
さすがに同じようなことを考えている人がいるのですね。
稲川さんという若い起業家の方が、
ボタニカルをキーワードにした日本酒をプロデュースしたというニュースが入ってきました。
素晴らしい試みであると思います。

副原料を使うと、日本酒とは呼べず、リキュールということになります。
でも、そんなことを気にしているのは関係者だけです。
消費者にとって酒税法上の分類など何の意味もなく、
美味しいかどいうかだけに関心があるのです。

本格焼酎も同じこと。
むしろ焼酎こそ香りにこだわるえき飲みものであることを考えると、
どんどん新しい香りの可能性を探求することは、
新しい未来を拓く可能性を持っていると思います。
焼酎なんて、たかだか500年の歴史だと大きな眼を持って、
大胆に今の常識を覆す。
そんな起業家精神を持った方を、業界は求めています。

考えている人は沢山いるはず。
さて、
どこから出てくるか。

2018年2月8日木曜日

牡蛎には日本酒とワインのどちらが合うのか?

日本酒と料理のフードペアリングというテーマは、
もう何十年も議論されていますが、
いまだにこれといった確立されたセオリーというものはありません。
それは、
フードペアリングというテーマが人の官能に基づいた主観的なテーマであり、
また、料理というものが素材・調味料・料理法によっていかようにも変化すること、
そして素材そのものも季節や産地によってまったく異なった味わいであることなど、
ペアリングのパターンがあまりに多すぎるというのがひとつの理由でしょう。
また、
それに合わせる酒の方も、その分類があいまいで、
酒がどういうタイプの酒であるか、確たる分類法が定まっていません。
特に日本酒の世界は長く特定名称に縛られているので、
特定名称と酒質をリンクさせて考えたがるのですが、
料理との相性における酒のタイプとは、
しばしば特定名称とはかけ離れた分類になるものであると思います。

日本酒の国際化を促進するにあたって、
特にワイン文化が根付く欧米では、フードペアリングを避けて通れませんし、
食中酒と言ったとたんに、彼らはフードペアリングを想像します。

ただし、ワインと日本酒のフードペアリングを並列的に比較するのは、
少し無理があるように思えます。
それぞれの酒が育ってきた食文化の背景と、
ワインと日本酒という酒そのものの質的な違いがあるからです。

例えば、
皆さんは酒と料理を交互に飲んでおられると思いますが、
酒を飲んでから料理を食べた時に
口にある酒の味が料理にどのような影響をもたらすか。
逆に、
料理を咀嚼したあとに酒を飲んだ時、
口の中に残る料理の味は、酒にどのような影響をもたらすか。
そもそも、
料理を口の中に残したまま酒を飲んで混ぜ合わせるのか、
料理を飲み込んでから酒を飲むのか。

飲んで食べるという行為を考えただけでも、
複数のパターンがあり、
それぞれに感じるものは異なるのです。

日本食は元来さっぱりとした食べ物で、
日本酒も、どちらかといえばさっぱりとした飲み物です。
そして、
日本の伝統的な酒席では、
酒を基本として飲みながら、
口直し程度に少量のつまみをつまむのが普通でした。

ですから、日本におけるペアリングとは、
ガツガツ飲み食いするというよりは、
チビチビと酒や料理の余韻を楽しむというのが基本になっていると思います。

こってりとした料理をワインの酸で洗い流すとか、
肉の脂身とワインのタンニンを混ぜ合わすことで、味わいが和らぐとか、
第3の新しい味わいが生まれるとかいう発想とは、
ちょっと基本的に異なる部分があるのです。

その違いをしっかりと理解したうえで、
国際化をはかる日本酒は次の次元のフードペアリングを目指さなくてはなりません。

日本の食文化も近年大きく変化し、
西洋化、国際化が進みました。
その背景をベースにして、
日本酒の多様性も大きく進展し、
淡麗な酒から濃醇な酒まで、
甘い酒から辛い酒まで、
またワインのような高い酸味を有した酒も出てきました。
ひとつの酒を最初から最後まで飲んでいた従来の酒文化とは、
まったく発想の異なるペアリングが、今こそ求められているはずです。

今後の日本酒の国際戦略を進めるにあたって、
日本酒業界では、魚介類をターゲットとして、現地のワインマーケットを攻めようと言っています。
農水省が中心にJETROの外郭団体として日本産食品のプロモーションをミッションにスタートしたJFOODOでも、
生の魚卵など、ワインの弱いとされている食材をキーディッシュとして
日本酒の強みをアピールしてゆくという作戦を打ち出しています。

そんなこともあり、
先日、有志の仲間と牡蛎をテーマにしたワインと日本酒の比較試飲会をやりました。
生牡蛎、蒸し牡蛎、牡蛎のマリネという3種類の食材を用意し、
吟醸、生もと純米 の2種類の日本酒と、
サンセール、有機ロゼ の2種類のワインとの比較テイスティングです。

詳細な結果をここに記すことはしませんが、
日本酒を飲んでから生牡蛎を食べた時、
生牡蛎のうまみがぐっと増すのが良くわかりました。
2種類のアミノ酸が合わさった結果、うまみの相乗効果があらわれたのだと思います。
ワインだと、どうしても生臭みがつきまといます。
少なくとも、生牡蛎のペアリングでは日本酒に軍配が上がるのだろうと、
嬉しく思う勉強会でした。

フードペアリングは深い話なので、
勉強しながら、
私自身が少しずつ深めてゆきたいと願っています。




2017年12月8日金曜日

くーす(古酒)

久し振りに強く印象に残る酒に出会いました。
泡盛の古酒です。
本格焼酎の蔵元の集まった懇親会で、
とある泡盛メーカーの社長がカバンの中から取り出した秘蔵の瓶。
来歴の細かいストーリーは忘れてしまいましたが、
30年古酒が多くブレンドされた、「あるだけしかない」お酒です。

最初は、まろやかできれいなという印象より強いものはなかったのですが、
時間が経つほどにやわらかく甘いバニラの香りが際立ってきます。
これはもう泡盛の独特な風味とはまったく違った、
素晴らしく上質な香りです。

良いスピリッツとは、
やはり香りなのだと強く思いました。
この上質な香りを知ると、
何度も何度も嗅いでみたくなり、
そこから離れられなくなってしまいます。

泡盛以外の本格焼酎も含めて、
実は私は甕貯蔵の酒にあまり良い印象を持っていませんでした。
特に目の粗い安物の甕に貯蔵された酒は、
独特の泥臭い、田舎っぽい香りがあって、
いくら口当たりがまろやかになっても、
これが高価に売るだけの価値があるとは、どうも思えませんでした。

見た目は良くても、
琺瑯タンクの方が好き。

以前、だいぶ昔のことですが、
球磨焼酎の蔵元を訪れた時、
内側まで釉薬が塗られた甕がたくさん並んだ貯蔵庫で、
同じく何十年も経った古酒を飲ませて頂いたことがあります。
この酒は、忘れられぬ強い印象を残してくれました。

そんな酒に出会うことはそれほどありませんが、
出会う喜びは格別ですし、
一生忘れない印象が残ります。

これがあるから、
やめられないのかな。

久し振りの嬉しい夜でした。

2017年12月4日月曜日

Bio日本酒について

もうずいぶん昔のことになりますが、
酒類流通の仕事をしていた頃、
仕事の関係で自然派の酒造りをする蔵元に出会ったのがきっかけでしょうか、
「オーガニック」とか「自然派」という言葉の響きのカッコよさと
時代の一歩先を行く誇らしさのようなものから
ライフスタイルとしてのナチュラル指向に興味を持ってきました。

「有機栽培米使用」とか「オーガニック清酒」と記した日本酒があると、
興味を持って出来るだけ口にしてきましたが、
なかなか腑に落ちる商品に出会ったことがありませんでした。

その頃から、
「オーガニックだと酒の味の何が違うのだろう?」
「オーガニックだからって美味しいと言えるのだろうか?」
こんな素朴な疑問がつねに頭のなかにモヤモヤとしていました。
要するに高い対価を支払って買う価値があるのだろうかということです。

オーガニックやマクロビを信奉する方々は、
なんとなく理屈っぽくて、
それでいて良いとなると宗教みたいに頑固で、
どうも少々面倒くさいイメージがあります。

実際に、流通としてオーガニック系の日本酒を取り扱ってみて、
その価値を人に伝えることはとても難しいということも経験しました。
なかなか、簡単に売れるものではありません。
カッコいいだけで、人はお財布の紐を緩めてはくれないのですね。

ただし、ひとつ言えることは、
自然派系の日本酒を真剣に造り続けている方々は、
とても人間的に素敵な方が多いということです。
それは、自然派の原料調達や酒造りのプロセスが、
売るがためにという目的で続けられるほど楽な仕事ではなく、
本気で骨を埋める気持ちを持ってなくては出来ない仕事だからなのかもしれません。

自然派に詳しい知人から、ここを見てきたらいいよと言われて、
千葉県神崎町の寺田本家を見に行き、
先代社長の書かれた「発酵道」という本を読んだことが、
私にとっては大きな転機になりました。

「道」というほどに徹することは、人の心を動かすものだという驚き。
そして、その「場」に働く人や集まってくる人々の醸し出す、
何とも言えぬ「良い雰囲気」です。
一言でいえば、「気持ちの良い蔵」。
味の云々とは違う次元で、繋がっていたいと思わせる雰囲気力です。

これはひょっとして私も洗脳されてしまったのかと、
ちょっと怖くなりました。
でも一方でひとつの納得感がありました。
そこに居たくなる場所、
その人と一緒にいたいと思わせる人、
その酒を飲んでいるという満足感、
それは、「気持ちの良さ」という価値観の尺度であり、
間として抗えぬ絶対的な魅力であるということです。

つまり、
自然派の酒の価値とは、
これまで私が酒を評価してきた基準とは、
別の次元の基準をもってはからなくてはならない。
その酒自身が、「気持ち良い」という雰囲気を醸し出しているか、
その酒を飲んだ人に、その「気持ち良さ」が伝わる力を備えているか。
そんな価値観を持ってはからなくてはいけないのではと思うのです。

私は、この「気持ち良さ」という基準が、
自然派日本酒の価値をはかる自分にとってのひとつの基準だと思っています。
これは、酒のうまさをはかる基準ではなく、
酒の原材料、造り手、酒蔵、売り手、売り場が、
偽りのない「本物」であるかをはかる基準なのかもしれません。

そのうえで、酒はやはり酒としてのうまさを求めなくてはなりません。
自然派など気にしていない普通の人にとっても、
その酒はおいしい酒であるのか?
この双方を兼ね備えた酒がもし市場に現れたら、
その価値は限りなく大きいと、
私はそう思います。