2017年12月4日月曜日

Bio日本酒について

もうずいぶん昔のことになりますが、
酒類流通の仕事をしていた頃、
仕事の関係で自然派の酒造りをする蔵元に出会ったのがきっかけでしょうか、
「オーガニック」とか「自然派」という言葉の響きのカッコよさと
時代の一歩先を行く誇らしさのようなものから
ライフスタイルとしてのナチュラル指向に興味を持ってきました。

「有機栽培米使用」とか「オーガニック清酒」と記した日本酒があると、
興味を持って出来るだけ口にしてきましたが、
なかなか腑に落ちる商品に出会ったことがありませんでした。

その頃から、
「オーガニックだと酒の味の何が違うのだろう?」
「オーガニックだからって美味しいと言えるのだろうか?」
こんな素朴な疑問がつねに頭のなかにモヤモヤとしていました。
要するに高い対価を支払って買う価値があるのだろうかということです。

オーガニックやマクロビを信奉する方々は、
なんとなく理屈っぽくて、
それでいて良いとなると宗教みたいに頑固で、
どうも少々面倒くさいイメージがあります。

実際に、流通としてオーガニック系の日本酒を取り扱ってみて、
その価値を人に伝えることはとても難しいということも経験しました。
なかなか、簡単に売れるものではありません。
カッコいいだけで、人はお財布の紐を緩めてはくれないのですね。

ただし、ひとつ言えることは、
自然派系の日本酒を真剣に造り続けている方々は、
とても人間的に素敵な方が多いということです。
それは、自然派の原料調達や酒造りのプロセスが、
売るがためにという目的で続けられるほど楽な仕事ではなく、
本気で骨を埋める気持ちを持ってなくては出来ない仕事だからなのかもしれません。

自然派に詳しい知人から、ここを見てきたらいいよと言われて、
千葉県神崎町の寺田本家を見に行き、
先代社長の書かれた「発酵道」という本を読んだことが、
私にとっては大きな転機になりました。

「道」というほどに徹することは、人の心を動かすものだという驚き。
そして、その「場」に働く人や集まってくる人々の醸し出す、
何とも言えぬ「良い雰囲気」です。
一言でいえば、「気持ちの良い蔵」。
味の云々とは違う次元で、繋がっていたいと思わせる雰囲気力です。

これはひょっとして私も洗脳されてしまったのかと、
ちょっと怖くなりました。
でも一方でひとつの納得感がありました。
そこに居たくなる場所、
その人と一緒にいたいと思わせる人、
その酒を飲んでいるという満足感、
それは、「気持ちの良さ」という価値観の尺度であり、
間として抗えぬ絶対的な魅力であるということです。

つまり、
自然派の酒の価値とは、
これまで私が酒を評価してきた基準とは、
別の次元の基準をもってはからなくてはならない。
その酒自身が、「気持ち良い」という雰囲気を醸し出しているか、
その酒を飲んだ人に、その「気持ち良さ」が伝わる力を備えているか。
そんな価値観を持ってはからなくてはいけないのではと思うのです。

私は、この「気持ち良さ」という基準が、
自然派日本酒の価値をはかる自分にとってのひとつの基準だと思っています。
これは、酒のうまさをはかる基準ではなく、
酒の原材料、造り手、酒蔵、売り手、売り場が、
偽りのない「本物」であるかをはかる基準なのかもしれません。

そのうえで、酒はやはり酒としてのうまさを求めなくてはなりません。
自然派など気にしていない普通の人にとっても、
その酒はおいしい酒であるのか?
この双方を兼ね備えた酒がもし市場に現れたら、
その価値は限りなく大きいと、
私はそう思います。

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