燗冷まし

 日常的にお酒を楽しんでいると、時々意外なおいしさに目を開かせられることがあります。

私にとっては「燗冷まし(かんざまし)」がそのひとつでした。

若いころは様々なお付き合いの宴会が多く、大きな宴会に行くと、徳利を持って先輩方やお得意先に注いで回る、やや面倒くさい酒。そして、飲まされ過ぎて中途でそっと厠に行ってもどして、何食わぬ顔で戻ってきてまた注ぎ注がれる酒でした。

要するに自分で飲みたいわけではない酒を、自分が飲みたいペースで楽しむことができない、儀礼のためにある酒。それが徳利に入ったお燗酒でした。

最初は何のためにこんなことをやっているのかわからない、とぶつぶつ思いながら、行きたくもない宴会に行き、ニコニコと笑顔で気を遣って、吐きながら2時間ばかりを務める。今思えば、まさにお務めを果たすという感覚だったのでしょう。若いからできたことですし、身体や心を病まなくてよかったと思います。とはいえ、私はかなり楽天家の能天気人間なので、そう言いながらも経験を人生の肥やしにすることができたのかもしれないと思ったりもします。

日本酒の世界にしっかりと足をつけている方は、皆さん「出会いの酒」というのがあるように感じています。お酒を飲んでそのおいしさに目が開くという思いをした瞬間が、日本酒の世界に目を向けるきっかけとなり、そこに居続ける拠りどころになっている方はたくさんおられるのではないでしょうか。

今田さんにとって出会いの酒って何ですか?という質問を良く受けます。

あまりに沢山のお酒を飲んできたので、心に残る酒はいくつもあるのですが、多分今もどこか自分の心の拠りどころになっている酒は、秋田の齋弥酒造店で杜氏の高橋藤一さんと飲んだ酒なのではないかと思っています。

その時は、ラベルのついていないその年の色々な酒を汲んできて飲んだと記憶しているのですが、その酒の見事さとかびっくりするようなおいしさとかというものではなく、身体にしんと浸み込んでゆくような自然さが私の心に深く刻まれたのだと思います。

その頃から、私は酒を楽しんで自発的に飲むことができるようになりました。酒の業界にいる年数は長いですが、酒を楽しむという意味では、実はスロースターターです。

お燗酒に出会ったのも、ずいぶん経ってからです。

多分、杉並に住むようになって荻窪の鰻串焼き屋さんに通うようになってからだと思います。その店で燗酒にしているのは、秋田の大手酒蔵のお酒でした。少し甘口でぽってりとした味が鰻のたれと絶妙で、あまり飲めない私でもコップに2杯は軽く飲むことができました。

この喜びを知ってから、私は暑い夏のさなかでも燗酒を飲む「一年中燗酒派」になってゆきました。

燗酒の世界には何人もカリスマと呼ばれるような「お燗番」がおられて、そんな方々とのお付き合いを通して、様々な燗酒の楽しみ方を体験してきました。

「燗冷まし」も、そんな私の燗酒遍歴のなかで「へぇ~」っと思わされたひとつの体験です。私は何となくお燗というものはつけてから5分位が一番おいしくて、冷めてしまってはもったいないから冷めないうちに飲まなくては、と勝手に思い込んでいたのですが、「燗冷まし」の体験はとても新鮮でした。お燗酒はあわてて飲まなくてもいいんだ。ゆっくりと自分のペースで楽しめばいいんだ、と体感することができたのです。

燗冷ましの酒は、暖かい温度の時よりも味が澄んで、うまみや甘みが増しているのです。

最初は「気のせいかな」と思ったりしたのですが、調べてみると確かにそのようなことが書かれています。お酒の楽しさがまた増えてしまいました。

ただし燗冷ましはどんな酒でも良いのではないように思います。燗冷ましに向いた酒があり、熟成度があり、そして燗冷ましとして許容できる温度があると思います。

お試し下さい。

試してみる価値があると思いますよ。



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