「アサンブラージュ」と「調合」の違いが大事

昨年末、NHKのクローズアップ現代で世界にはばたく日本酒を特集した番組「”SAKE革命”」はとても面白いものでした。
その後BSプレミアムで拡大版の番組にもなりましたから、
NHKとしても結構力の入った番組だったのでしょう。
番組を制作したのはNHKの名古屋支局と秋田支局ですが、
昨年の年初には「プロフェッショナル仕事の流儀」で秋田の高橋杜氏をドキュメントされたように、日本酒にとても熱意を持って頂いていると感じます。
私も制作の過程で色々とファクトチェックのお手伝いをさせて頂いたことから、愛着を持って拝見した番組でした。

番組は日本酒を世界の市場に広げるぞと活躍する久慈さんや、
フランスのテロワールで日本酒を作るぞと努力される久野さんや、
フランスで酒を造るぞと本格的な設備投資をして乗り込んだ稲川さんと今井さんなど、
海外に乗り込んでゆくサムライ達がメインキャラクターになっていましたが、
私が最も興味を魅かれたのは、フランスから日本に乗り込んできたドンペリニョンの醸造責任者 リシャール・ジェフロワさんでした。

BSの拡大番組では、ジェフロワさんの部分がより詳細に描かれていたので、非常に興味深く拝見しました。
彼は今後日本酒の市場に大きな影響力をもたらすだろうと思いますが、何よりも、彼が「アサンブラージュ」技術を武器に日本の市場にマーケティングしようとしているという話に私は深く共感を覚えます。

私が酒類業界に入ったのはもう30年も前のことになります。
日本はバブルで景気が良く、浮かれた時代でした。
まだソムリエコンクールで世界一になる以前の田崎真也さんと一緒に、フランスのワイン産地を回るという非常に贅沢な旅を経験することができました。
自分も若かったので、すべてのことが新鮮で、今にも続くとても多くの学びを得る機会でした。
その途上でランスに泊まり、シャンパンハウスをいくつか訪問したのですが、その時に強烈に印象に残っているのが2点あります。

ひとつは、ブランディングに対するこだわりです。自社のブランドが世界の高級シャンパンとして光るために、とにかく徹底的なイメージ戦略をとる。
例えば、接待は素晴らしい貴賓室でフルコースのディナーをご馳走になり、
高級シャンパンを惜しげもなく開栓して振舞い、
食事が終われば別室でブランデーを飲みながらシガーを楽しむ。
日本人にとっては、まるで映画の貴族の世界を体験しているかの心地です。
どうしてここまでしてくれるのだろうと不思議でしたが、
田崎さんがおられたからなのだと、今では納得します。

もうひとつは、製造に関して。
シャンパンは他の高級ワインと異なり、ビンテージをつけません。
例外的に特別な年にビンテージシャンパンと言う商品を発売しますが、
あくまで例外的な、これもまたブランドマーケティングなのでしょう。
ビンテージでテロワールを強調しない代わりに、シャンパンはブレンド技術に徹底的にこだわり、そのシャンパンハウスの味という「唯一無二」の「再現性をもった」価値を造り出しています。
シャンパンハウスの味わいという価値が、一見当たり前のように聞こえますが、他の高級ワインとは異なるシャンパン独特のブランディングの根本になっていると私は思います。

この独自の味わいを造り出すために、シャンパンハウスでは、数十種類の原酒を使って、徹底的なテイスティングとブレンディングを行います。
それが「アサンブラージュ」。
ワインよりは、むしろ香水やウイスキーと似た世界だと私は思います。

ドンペリニョンの醸造責任者 リシャール・ジェフロワさんは、まさにこのアサンブラージュの中心にいた人物です。

シャンパンハウスでアサンブラージュについて教えて頂いた後、
私の頭から常に「ブレンド」という言葉が離れませんでした。
日本酒の世界にだって十分応用がきく技術だと思ったからです。

酒蔵に行くとその話をしました。
確かに日本酒の世界にも「調合」という言葉があります。
今のようにタンク毎に異なるブランドに仕上げる時代と違って、以前は蔵の銘柄は基本的にひとつでした。
ですから、そのひとつの味わいを年間を通した再現性をもって表現するために、蔵元は蔵内のタンクに眠る酒のブレンドを行う必要があります。
まして全国様々な中小蔵元の酒を未納税移入している大手蔵元にとって、ブレンド技術はかなり大きな意味があるのではないかと想像していました。
でも、日本の酒蔵をあまた訪ね歩いても、蔵の「唯一無二の味わい」を「再現性をもって」作り出すために、数十種類の原酒の調合を行っているという話を、残念ながら私は聞いたことがありません。

ここで日本に特殊な現象として、酒を1年間で飲み切るという習慣、古酒を飲む習慣が消えたことに触れる必要があります。
酒税が国税の重要な部分を占めていた時代、国は早期に税を回収するために、複数年度古酒として在庫になることを好みませんでした。
出来上がった酒は早く販売することを奨励した結果、前年度の酒と新酒が切り替わる一時期に古酒と新酒のブレンドが「ぶち」の酒として市場に出回るほかは、基本的に単年度の酒のブレンドをもって日本酒は消費されるという習慣が形成されたのです。
そして、むしろ一年を通して変化する酒の熟成を楽しむという習慣に変わってゆきました。

これから日本酒が本格的に海外市場を形成しようとするにあたって、熟成酒の果たす役割がでてくるだろうと言われています。
熟成酒を高級酒市場に売り込もうというブランド戦略も検討されています。
熟成酒を熟成酒として販売することは素晴らしいことです。
しっかりと価値を伝え、また徹底したブランド戦略を構築することによって、
是非とも新しい市場を開発して頂きたいと願っています。

そして、もうひとつ。
熟成酒をアサンブラージュの種酒として是非活用して頂きたいと、
私は心から願っています。
数十種類の原酒をつかって香水やウイスキーのブレンドをするように日本酒をブレンドして、他にまねのできない「唯一無二」で「再現性のある」味わいを是非実現して欲しい。

リシャール・ジェフロワさんは、恐らくそれをやってのけるでしょう。
隈研吾を擁した設計チームが新しい蔵を建造し、
そこを訪れる夢のような世界を映像化して観光客を惹きつけ、
訪問した人には、決して忘れられないような心の贅沢を提供して、
1本の酒をはるか高額に販売できる世界を、きっと作り上げることでしょう。

日本人にだってできないはずはないと思うのです。
自分に資本があればやってみたい。
本気でそう思います。

新酒のフレッシュさ、
新奇な味わいやフレーバーも結構。
でも、もっと本格的な価値は、まったく違う次元で必ず作り出せると私は信じています。


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