日本酒の海外戦略について
日本酒の2025年の輸出額は459億円となりました。コロナ後の市場の混乱による一時的なオーバーストック状態を脱して、改めて堅調な伸長フェイズに戻ったように見えます。
ただし、決して楽観できる状況とも言えません。過去30年以上にわたって輸出を牽引してきた米国はインフレによる景気の減速が伝えられ、飲食店の単価は下がっている様子。またアジア最大の輸出先である中国も景気の低迷が深刻で、消費意欲は減退していると言われています。香港も同様。
当然の施策として、主要国以外の輸出先の開拓が求められてきます。現在の海外市場の状況を端的に述べれば、このように要約することができるでしょう。
日本酒の輸出は、長年にわたる一部の意欲的なメーカーの開拓努力によって、米国と香港を中心として市場が徐々に形成されてきました。
2001年に米国の日本酒メーカーや愛好家が中心となって創設した全米日本酒歓評会が、海外における日本酒愛好家を集める最初の本格的なイベントでした。その後、海外における日本酒インフルエンサーを育てる目的で創設された「酒サムライ」の認定制度が2005年に始まり、現在まで多くのインフルエンサーが誇りをもって日本酒の普及に取り組んでくださっています。
海外における日本酒の審査会は、その後2007年にイギリスの IWC(International
Wine Challenge)にSake部門が創設されたり、2017年にはフランスのKura Masterがスタートすることによって、さらに全世界に広がっています。現在ではイタリア、スペイン、香港、チリなどでも日本酒の審査会が開催されています。
日本酒にとってひとつの大きな追い風として、2013年に和食が世界無形文化遺産に登録されたことによる日本食の普及が挙げられます。当時約55,000軒だった海外の日本食レストランは、その後10年間で3倍を超える187,000軒にまで増加しました。日本食レストランの増加とともに、日本酒の輸出は順調に増加しました。
海外の日本食レストランは必ずしも日本人によって経営されているわけではないため、正しい日本酒の理解や商品説明が行われるための人材教育が必要になります。
日本酒教育機関も徐々に充実してきました。2014年には世界的なワイン教育機関であるWSET(Wine and Spirits Education Trust)にSakeコースが創設され、初級・中級・上級の教育が行われています。日本酒造組合中央会でも2017年にSake and Shochu Academyというプロフェッショナル向けの教育プログラムがスタートし、多くの優秀な人材を世界に排出しています。
このような流れのなかで、日本酒の輸出は日本食レストランの増加を上回る勢いで伸びてきたのです。
さて、そんな日本酒の輸出も次のフェイズに移行することが求められているようです。最初に述べたアメリカや中国・香港などの既存の主要国における頭打ち傾向を打開する策が求められていますが、円安による渡航費用の増加によって、個別企業が日本から海外に売り込みに行くことが難しくなっています。
日本酒造組合中央会では、流通業者や官公庁とともに毎年輸出戦略を検討しています。来年度に向けた方針がもうじき定まりますが、ここでは業界の輸出戦略に関する私見を述べさせていただきます。
■ 国内を主戦場に考える
円安で海外に渡航することが難しくなった現在、酒造メーカーが主体的に動ける次善の策を考えなくてはなりません。それは国内市場における輸出への取り組みです。もちろん海外に出かけて行って市場開拓を行うことがベストであることに変わりはありませんが、国内でできることもあるはずです。特に中小の多い日本の酒造メーカーにとっては費用対効果の期待できる国内での効率的な戦略は非常に重要です。
2つのポイントにについて解説します。ひとつは、海外バイヤーに日本に来てもらう取り組み、そしてもうひとつはインバウンド消費の取り込みとインバウンドへのPRです。
1.
海外バイヤーの来日をはかる
中央会や国税庁では、これまで海外の大きな展示会に出展して商機を探す活動を行ってきましたが、現地の販路を持たぬ酒造メーカーが出展しても、数日の展示会において有効な新規取引先を見つける可能性は低く、大きな成果に繋がらないことが多いというのが現実でした。
一方で、海外から輸出に興味を持つ酒造メーカーはいないかという問い合わせが多く寄せられていることも事実です。売りたい人と買いたい人が海外の展示会では必ずしもうまくマッチングできていないという実情が浮かびあがります。
世界には間違いなく多くの市場がありますが、日本から出かけて行って新規開拓して回るのには限界があります。それよりも日本において輸出に意欲のある酒造メーカーが集まる商談会を開催し、そこに全世界のバイヤーに来てもらうという方がずっと効率的であり、また実際の商談につながる可能性が高いと思います。
たとえばFOODEXやPro Wein Tokyoのような既にあるプラットフォームを使うことも一案です。海外のバイヤーに来て頂くことができなくては意味がありませんので、その招聘に補助金を大いに使用すれば良いと思います。とにかく全力をあげて世界に向けたPRを行うことによって、ひとりでも多くのバイヤーにその日を目がけて来日して頂くことが勝負を分けることになります。
あの展示会にいけば、日本全国の輸出志向を持つ酒造メーカーに会えるぞという展示会になれば、毎年その展示会のスケジュールに合わせて来日するという海外バイヤーが増加することは間違いないと思います。
その次のステップとして必要なのが酒造メーカーの受入れ体制の充実です。商談に繋がった有力なバイヤーを蔵にご案内して理解・体験を深めていただくことが、長い取引には欠かせません。そのためのゲストルームやしっかりとしたテイスティング施設を持っておくことは今後ますます重要になると思われます。毎年一定期間に多くのバイヤーが来日するということが定例化してゆくことによって、プロ向けの酒蔵ツーリズムの拡充が求められることになり、地域にも必ず良い循環をもたらすことが予想されます。
2.
インバウンド消費の取り込み
国内を主戦場とする時のもうひとつの大きなターゲットがインバウンド観光客です。2025年には4,270万人のインバウンド観光客が日本を訪れ、9.5兆円の消費をしました。観光業は日本にとってすでに自動車産業に次ぐ外貨獲得手段になっているのです。
インバウンドによる酒の購買も伸びています。国際空港の免税売場で日本酒造組合中央会が展開している展示販売キャンペーンは毎年増加を続け、高単価の商品が売れています。観光地立地の酒造メーカーの売店には多くのインバウンド観光客が訪れ、買い物を楽しんでいます。
しかし、日本滞在中の酒類消費に目を向けると、観光地も含めてそれほどインバウンド向けに酒が消費されているという声が流通や飲食店から聞こえてきません。ここに大きな課題があると私は思っています。
日本の食文化に興味を持って日本を訪れる外国人がこれほど多いのに、酒類の消費に繋がっていないという事実を受け止めて、私たちは有効な手を打たなくてはなりません。「食べること」を楽しんで頂くと同時に、日本の「飲む文化」を体験していただく機会を積極的に提供して行く必要があると思います。
日本の飲む文化の代表が「居酒屋」です。みんなでワイワイと楽しくお酒を飲む日本独特の居酒屋文化をもっと積極的にインバウンドにアピールし、また彼らが安心して過ごすことのできる店を増やしてゆく努力が私たちに求められていると感じています。
日本酒造組合中央会では、今年の3月には「外国人が安心して楽しめる居酒屋マップ」をリリースする予定ですし、居酒屋店主向けのセミナーも開催します。できることから、着々と進め、全国的な取り組みに繋げてゆくべきと考えています。
■ 海外の新市場を開拓する
海外に向けた取り組みのなかでは、新市場開拓というのが大きなテーマになるでしょう。既に大きな市場であるアメリカにおいても、ロスアンゼルス・サンフランシスコ・ニューヨークという西海岸・東海岸の主要都市以外の地域の開拓が大きな課題になることでしょう。
さらに、ポテンシャルのある国として、中南米のメキシコやブラジル・アルゼンチン、東欧のポーランド、アジア地域ではベトナム・タイ・インドなどへの積極的な開拓が求められます。
日本酒造組合中央会では、非日系レストラン向けの取り組みとして、フランスソムリエ協会と国際ソムリエ協会とのパートナーシップ協定を中核に据えた海外戦略を行っており、既にソムリエコンクールの出題問題に日本酒が出てくることが通例になってきています。非日系レストランの飲料サービスのプロが日本酒の知識を持つことによって、各国料理と日本酒を組み合わせたペアリングメニューも多く見られるようになることでしょう。
今後の取り組みを、期待を持って注目したいと思います。
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