訪れてみたいと思わせる地域と酒蔵

 ツーリズムの話は前回も岩手県を例としてお話しましたが、もう一度、しつこくお話をしたいと思います。今月は新潟大学日本酒学センターのシンポジウムでお話をさせて頂きました。

10月以降、インバウンドの旅行客が目に見えて増えてきました。久しぶりに銀座の街を歩いたら、ユニクロの大きなバッグを抱えた多国籍の方々が沢山おられるのにちょっとビックリします。コロナ前の水準というわけにはゆきませんが、まだ中国からの観光客が入ってきておらず、アメリカも限定的であることを考えると、かなり増えていることは明らかです。テレビのニュースでも銀座の中心に構える酒販店で高額の酒がすごい勢いで売れていると言っていました。

政策投資銀行とJTBの調査によれば、次に旅行したい国のトップは5年連続で日本とのこと。円安もあって日本での消費意欲も高い様子が伺われます。そして彼らが日本で一番楽しみにしているのは、ダントツで日本酒を含む食体験であることを考えれば、今私たちに出来ることのプライオリティーのなかで、このインバウント旅行客の需要取り込みであることは間違いありません。

酒蔵ツーリズムと言われ続けて何年になるでしょうか。近年では国税庁をはじめとした省庁から酒蔵ツーリズムを推進するための補助金もずいぶん用意されているので、数年の間に様々な地域で「おっ、良さそうだね~」というサンプルが生まれてくることを祈っています。

日本の酒蔵は歴史的に生産と販売が分業化されてきましたから、積極的に見学者を受け入れたり、消費者に自分で売るというマインドセットはありませんでした。

めんどうだから出来ればあまり蔵には来て欲しくない、こんな本音がチラつきます。でも、日本を訪れた外国人観光客の気持ちを考えてみて下さい。彼らは私たち日本人が日常の生活用品を購入するスーパーや酒販店で買い物をするでしょうか?私たちが普通に訪れる飲食店で日本語のメニューを見ながら自分の銘柄を選んで飲んでくれるでしょうか?

2年越しで楽しみにしていた日本にやってきて、楽しみにしていた日本の食べ物を楽しみ、日本酒を飲みたいと思っている人たちの手の届くところに自分の商品を置かなくては、いくら観光客がたくさん来日しても自分の商品は1本も売れることはありません。日本橋や銀座などの大きな町にある有名な酒屋さんで取り扱っている商品のアイテムには限りがあります。

自分の蔵がある地元に来てもらって、楽しい気持ちになってもらって、地元の飲食店で飲んでもらって、お土産に買っていってもらう。いいじゃありませんか。

いやぁ、そう言っても私の町なんてなにも魅力的なものがないから、わざわざ来てくれる外国人なんかいませんよ、とおっしゃる方、たくさんいます。でもそれは出来ない理由を並べて逃げてるのではありませんか?

外国人の目から見る日本の魅力は、私たちが当然のように思う「贅沢」とは違います。非日常を求めてはるか日本まで来ている方は、何気ない農村の風景、麦わら帽子をかぶって手拭いをぶら下げたたおばあさんの姿、苔むした道標、刈り取った稲を干している風景、たわわに実った柿の木にとても感激します。

何も見るものがない町の、何もない里山の風景のなかで散歩をするだけで、彼らは一生忘れないような思い出を作られます。酒蔵で仕込みに使うおいしい地下の自然水を汲んで柄杓で飲んだだけで、彼らが思い描いた日本を追体験するのです。そして酒米で作ったおにぎりと、地元の大根や豆腐で作った味噌汁、カブの漬物というシンプルこのうえない昼食を陽の降り注ぐ縁側に腰かけて食べることに、とても豊かな日本の心を感じるのです。

群馬県川場村を中心とした利根沼田という地域は、はやくから酒蔵を核とした地域ツーリズムということを実践してきました。川場村は東京から車で1時間半くらいで来ることができる便利な立地ながら、取り残されたような田舎の原風景が残っているエリアです。ここには土田酒造、永井酒造、大利根酒造、永井本家という4軒の酒蔵が近接して立地しており、ワイナリーやビアブルワリーもあるので、酒蔵ツーリズムというにはとてもふさわしい地域です。

先日、友人の外国人とふたりで3軒の酒蔵を訪れてきました。

川場村というところは、酒蔵と道の駅、それから公衆温泉以外は本当に普通の田舎の風景が広がっています。でも田舎には四季があります。私たちが訪れた季節は晩秋の紅葉がそれはそれは美しい季節で、目で見る田舎のゆったり風景に加えて、落ち葉の香ばしい香りや、遠くから漂ってくる焚火の香り、そして山から吹き下ろす風の音が五感を喜ばせてくれました。

何もないからいいんだよ、ここは。

本当にそう思います。









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